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女神見習いヲバサンの記


ちょいと小心者なヲバサンによる、甘辛人生哲学
by 君取(きみどり)
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『特命リサーチ200X』のXは・・・

今年を振り返っていて急に思い出したことがあるのだけども。。

90年代の後半に日本テレビで、『特命リサーチ200X』っていう番組をやっていましたね。君取はあの番組、毎週楽しみに見ていました。日曜日のゴールデンタイムでしたね・・・確か『元気が出るテレビ』の後番組で、その流れで見始めたものです。

何が良かったのかと申しますと、日常の些細な疑問から社会問題まで、最先端科学やら学問的なアプローチでもって検証していくところでしょうか。中心的出演者が佐野史郎というのも何だか斬新だったな~。出雲地方の出身で石にも興味があるそうですね、あの方。

心霊現象やドッペルゲンガーなど、オカルト的な領域についても想定できる範囲で実験を試み、解明できることと出来ないこととをきっちり結論づける点には感心したものでした。

そしてそんな番組の中で、放射能に関するものも何回かやっていました。チェルノブイリの原発事故から10年くらい経っていた頃で、色々と情報が出てきた時でもあったのでしょう。ニュースの特番とはまた違った視点で、外国のことだしどこか他人事のように距離を置いて集中して視聴できました。

まあ難しい科学の話にはほとんどついていけなかったのですが、最終的なまとめとしては、チェルノブイリの事故は作業員の人間的なケアをせず機械のように酷使したために、簡単な操作を誤った初歩的な人為的ミスだと言っていた覚えがあります。で、ふーんそうか、やっぱり労働環境は整えないと大変なことになるんだなぁ、という印象を持ちました。

そしてもうひとつ、ロシアの話でとても記憶に残った件がありました。いつの時代だったか詳しくはおぼろげですが、その当時のかなり最近のロシアでの出来事だったそうです。10代前半くらいの少女が道端で、すごく美しい石を見つけて心奪われたとのこと。その石は暗闇で光り、何とも神秘的だったそうな。すっかり気に入った少女は家に持ち帰り、寝る時も枕元に置いていました。

するとしばらくして、少女の体に原因不明の奇妙な症状が表れ始め、みるみる悪化していく。そして・・・その後があんまりはっきりと覚えていないのだけど、亡くなった・・のかな。回復はしなかったと思います。なぜそんなことに!?と調査を進めると、少女が拾った石が放射性物質だった・・・という話です。大事に持ち歩いていたために、大量に被曝して人体に影響が出たのだと。

なぜそんな危険な物質が道端に転がっていたかというと、冷戦時代の軍で使用・研究していたもので、国家の機密情報でもあるから何も知らない一般市民が偶然が重なって手にしてしまった、みたいなことだったかな。その回を見た君取は、あらぁ~ロシアって怖いのね、軍事が緊張状態でそのわりに管理がずさんなんて。といった感想を持ったものでした。

しかし今年の原発事故以降を振り返ってみて、あれ?日本もたいして変わりないじゃないの、とふと感じたのでした。事故も内容はかなり違うけど対応は似たものがあるし、それとは別に、線量を測る日常になったら偶然に放射線量が高い場所を発見して、昔の不法投棄らしき放射性物質が埋まっていたり。

日本では、軍の関与とかはなく危険物も地中深くにあったなど、一応はましな方ということになっていますが、場合によっては人に危害を与えることもなくはないので軽視はできません。

いやぁー、あの番組、よくそんな警告めいた内容を放送できたものだわ。メディアも電力会社に操作されていた部分がだいぶ多かったでしょうに。といってもあくまでも外国の話としてしか触れていなかったけど。

だから要するに、メディアの中でも「あれ、今の世の中の流れってどうなのよ?」という意味合いを込めた伝え方をしたかった人がいたのかもしれないですね。「日本もこうなる可能性があるよ」と・・・。
by kimmie-dolly | 2011-12-30 13:06 | ヲバサンの覚書t-v

避けられぬ後悔

若者への助言、人生訓みたいなものでよく言われることといえば、「やらなかった後悔よりやった後悔の方がいい」だとか、「とりあえず挑戦してみろ」といった内容の、何らかのアクションをけしかけるものばかり。

つまり多くの人が、「あの時ああすればよかった」「あそこでこれをしておくべきだった」との悔いが残っているということでしょうか?

君取はそんな「やっとけばよかった」後悔よりも、「やるんじゃなかった」に対しての思いが圧倒的にありますよ。あんな奴の言う通りに動くんじゃなかった、あんな奴に優しくするんじゃなかった、嫌な奴に不快感を覚えてもその場で我慢するんじゃなかった、あそこであの人を助けておくべきではなかった、あの場面では自分の判断を優先するんじゃなかった、といった具合に。

それに、人の意見を聞くよりもっと自分の思ったままに行動しておけばよかったのにと悔やまれる瞬間はしょっちゅうあるものの、余計な責任を押し付けられて叩かれることがわかっていてわざわざ踏み切るほどの使命は与えられなかったし、人を押し切ってまでの主張はこの国では危険すぎる。

人生を方向づける重要な決断でさえも、その時はその時なりに懸命に考えて結論を出したのだから別に後悔はない。なぜなら自分の努力だけではどうにもならないところまで達したから。こう動けばこういう邪魔が入るだろうとか、こっちを選べばこういう手口でこちらの尽力を水の泡にさせるんだろうなといった、明らかなリスクとなる“人災”の源が常に待機していたのだから。

それらを一個一個数え上げていったら、随分と自分は八方ふさがりなのだと思い知るに至り、やむなくではなくて最善の方法をずっと歩んできたつもり。といってもそれは結局、行動を最小限に抑えることでした。そうなっても今度はもっと行動しろだとか言い出すのでしょうね、生きた疫病神どもは。

世間の大方はそんなに人に対して良い行いを出し惜しみしているのでしょうか。人の言うことに耳を貸さない、人に辛く当たる、嫌悪感を周囲にぶちまけまくる、自分に損をもたらす人はどんなに苦しんでいても絶対に助けない、おとなしくしている方が得をする場面だけ人任せにする、というのを日常的にやっている人ばかりなのでしょうか。そして誰もがその基準で生きているとでも・・・?

自分ではなく他の誰かにとって良いことをしていれば、「やればよかった」ことより「やらなきゃよかった」ことが増えてくるのです。それはおとしめられることだったり、利用される恐れだったり。自分の存在を脅かすことにつながります。そしてそっちの悩みの方がずっと深刻だというのに、最近の年長者はいつまでも自己実現の観点でしか物を考えない。

仕事を言い付けられても直ちに取りかかれない人間が出るのも当然の流れ。一度でも間違った指示をしてきた目上に遭遇すると、言われた通りにやっていいものかと、自分がわからないことでも先の先へと気を回さねばと時間をとられる。

その上、「自分の行いに後悔だらけの先達者」ほど年長者ぶりたがるため、「素直に言われたことだけをさっさとやれ」とあおって、部下やら目下が不審に思った点を機転を利かせて変えた場合にはうまくいったら自分の手柄、失敗したら判断した者の責任にするつもりなのだ。やらなければやらないで「プライドが高いのでは」などといずれにしても立場の弱い者が責められる。

こんな世の中では、何も聞く耳を持たない鈍感な人間だけがのし上がり幅を利かせ続けるでしょう。永遠に自らの後悔を愚痴り、生きた疫病神の自覚もないまま・・・。
by kimmie-dolly | 2011-12-28 17:45 | ヲバサンの覚書p-s

予言に物申す

いやぁ、最近は更新がちょいとルーズになってきましたな・・・ま、あまり中身のない記事を連発するのもなんだし、これからも気分に合わせていこうかしら、、そうなるとサボり癖が加速しそう☆

今年の頭にタイガーマスク運動だとか話題になったのが遠い過去のようにも思えますわ・・・。あれって、その後の本番のためのリハーサルだったんだなぁ。あれを最初に始めた人はもしや、何かを感じ取る能力でもあるのかも。

ちょうどその頃だったか、2月あたりだったかな。君取はなぜか、がれきの中を歩く夢を毎日見ていました。1週間くらい続いただろうか。当然何のことだか訳がわからず、毎朝起きると「何だこりゃ」と気分が悪かったです。

夢見は元来ずっと悪い人間だったので、あーまたこのサイクルに入ってしまったか、という感じ。昔から夢といえば恐怖系が基本。楽しい夢なんてほぼ見たことない。

その時の風景はがれきといっても燃えた後みたいな、焼け野原のような種類でした。それも自分の地元らしき場所とか縁のある所ががれきの山になっていて、そこを延々と歩いていました。

日頃から火事の夢をよく見るのですよ、君取は。。で、何でか知らないがいつも自分がいる建物の違う部屋とかから出火して、かなり火から近いのに早々に逃げて助かるっていう、都合のよすぎる意味不明のパターンです。

ですので、この夢も特に予知とかそういう類ではないのでしょう。ただ3月の震災で本当にがれきの山が出現して、何だか初めて見る気がしなかった・・・。

ちなみに、透視やら霊的な観点での自然災害の予知なんてものは存在しないと思われます。だってそんなことが出来るなら何もかも見通せるのだから、事前の対策に頭を使うこともなくなり、ひいては全ての結果が見える世界になって、何もすることがなくなるのですから。

震災後になって急に、「あの震災を予言した!」とかにわかに言いだしている人がいますが、そんなもん後付けでいくらでも出せるだろうに・・・それも誰でも。災害は意外としょっちゅう起こっているものですからね。何度も頻繁に予言めいたことを言っておけば数回くらいは当たりますって。

それにもし細かいところまで正確に的中させたことのある人なら、怖くなって口外しなくなると思うんですがねぇ。君取だったら絶対に誰にも言わなくなると思います。大勢の命を救うなどと言うと正義のようにも聞こえますけど、特殊な能力を手に入れた人間がそれだけで済むはずもない。

予言なんてものを現実世界に適用させたら、ますます悪い奴らが悪用するだけです。ただでさえ悪の方がはびこりやすいのがこの世、だとしたら永遠に特殊能力は剥奪され続けるのです。

我々はあくまでも、脳という肉体を使って地道に勉強をするしかない存在です。地震だって過去の歴史を調べたりデータを集めて分析したりといった、あらゆる方面からの情報の積み重ねのために足を運ぶ、これしかないでしょう。支援も経験に基づいて教訓にするしかないでしょうし。

でも人間も元は他の動物同様に、野生に生きていた時代があったことを考えると、動物的な第六感の名残みたいなものはいくらかあるとも思うので、そういう野生の勘が行動に表われることも多少はあるかもしれないですなぁ。

知性でもって積み上げた情報は広めたりして共有できるけど、勘は本人にしかわからないものなのもおかしなことよ。どっちにしても人に物を伝えるのは難しい。最小限が難しい。


〈追記〉
がれきの夢を見たのは1月の終わりか2月の初めだな・・・ニュージーランドの地震の前だったので。ま、どっちでもいいのですが。。。
by kimmie-dolly | 2011-12-26 17:23 | ヲバサンの覚書w-z

プライドのあり方

やっぱり、自分は頭が悪いなどと言ってやたらと開き直って生きている人ってどうかと思う、今日このごろ。。

ものすごく教養があって、卑怯かつ巧妙な頭脳の使い方をしている人というのも確かに厄介ではあります。が、君取はそういった人物よりも、とにかく根性が悪い人間は頭が悪い奴の方がタチが悪いと思えて仕方ないのです。

どんなに気さくであろうとも一段飛びぬけているような高い能力の持ち主は、何らかの期待を背負わされて一般人とは一線を引かれてしまいます。だから能力を悪用しようものなら即座に村八分、非難の対象になり得るリスクを常に抱えた人生になるでしょう。

それが元々頭が悪い人となると、「まぁああいう人だから」という程度の冷ややかな視線が向けられるくらいのもので、よほど法に触れることでもしなければ特にお咎めもなし、自分に害が及ばない限りは野放し状態で、この世は頭の悪い人にとても優しいシステムなのである。

これでは自らに責任感を課して、意欲的に先のステージに進もうという人がいなくなるのは当然といえます。だって「頭が悪いのでわかりませ~ん」と難しいことに関わらないで、黙々と自分の食い扶持だけ稼いでいるのがお得で賢い生き方みたいですから。

学校に通っている時分に、単に勉強をしたくなくて楽をしたいだけの言い訳として、愛だの夢だのと身の程をわきまえない現実逃避をしておきながら、社会に出て急にその甘さを打ち砕かれたからといって、一転して現実主義者を気取るおバカな人々。最低限必要な努力もしないで、どうしてそんなにプライドを持っているのでしょうか。

自分の頭脳をそれぞれのレベルに合わせて最大限に活かしきることもせず、とりあえず雇われ人になることでプライドを捨てたかのようにしても、どこかで雇う側の人間よりも賢く生きてやろうといった思いがくすぶっている場合も少なくありません。

学校にいる時に、自分の限界を試していないからそういうことにつながるのでは、と思うのです。何であれ精一杯を一度でも体験すれば、その結果が良かろうと悪かろうと、尾を引くことはないのです、きっと。

インテリで親しみにくい人は、普遍的に嫌われる傾向ですが、彼らの功績は間違いなく世間に役立っています。対して、我々下々のやることは、代わりがいくらでもいるものが多いです。しかし、そういうことにこそ感謝の気持ちを持って臨めるようになったら、何だか気分がいいではないですか。・・・とまあ、君取もそこまでの心境には到達していませんけど。。

少なくとも、頭が悪いことを強調することによって誰かを悪者にする行為は、頭のいい人が能力を悪用して私腹を肥やすのと何ら変わらない、プライドがなせる業です。

頭の悪さというよりも、自分を中心に考えすぎるところが無駄なプライド。決して頭のいい人だけがプライドを保っているわけではない。

お金を出しさえすれば、病気になっても良い治療が受けられて当たり前と思っている人もいますが、優秀な医者や設備がなければ何にもならない。それらはその関係者の努力なくしては出来ないことであるのに、腹の底でインテリ全般をひがんだりとかとんでもない。人には個性があるのです。

大切なのは人より優れた点を探すことではなく、良くも悪くもただ自分の全てを認めること・・かと。
by kimmie-dolly | 2011-12-22 19:48 | ヲバサンの覚書p-s

“中の下”階級の内情

学力が中の下の人々の危険性について記事にしたけど・・・別にその層の人の全部がどうとかいう話ではないですからね、決して。。

一部の根性の悪い輩が、高学歴の層からキャリアを奪っているという説なのですが、でもそうはいいっても本当に高学歴の人には過剰にへりくだる連中は、高学歴の人よりもその下の、中の上くらいの層に目をつけておとしめようとするのが実情なのです。

中の上というと、単純に考えると短大・普通レベルの大学を出た人や、レベルの高い高校の卒業生です(あくまで学力だけでの話で)。私の周りの卑屈な“中の下”レベルの田舎者は、誰かを非難の対象にするのをエサに日々を送っているようです。

半世紀前までは、進学したくても経済的な理由で諦めざるを得ない人が山ほどいました。だから中卒でもものすごく頭がいい人というのも普通にゴロゴロいたわけです。一方でいくらお金のある家庭でも、高校・大学に入るにはある程度の学力が必要だったため、学校のレベルも保たれており役割がきちんとしていました。

進学できない人は理由が自分のせいではないし、同じ境遇の人数も多かったので何ら不満も持たずに割り切ることができたでしょう。しかし戦後しばらくして豊かになってからは、高校くらいは出るのが当たり前な風潮と共に勉学に充分な環境も子供に与えられるようになりました。

そこまで恵まれておきながら学力が思うように上がらないということになると、能力の限界か努力不足のどちらかになります。もう家計を助けるとか両親がろくでもないとかいう、誰かに進学を邪魔される理由はほとんどなくなり、本人次第によるところが大きくなりました。

そして多くは限界まで勉強を真面目にやるなんてことを選ばないのだから、誰のせいにも出来ない。社会に出て初めて己の不徳を知り、どこにもぶつけようのないその悔いやら憤りやらは人間性をねじ曲げて、ものすごい嫉妬であったり陰湿さに姿を変えて、途方もない負の力になっていくのです。

この、他でもない自分発祥の劣等感が、昔とは大きく異なる点でしょう。君取の周りにもいるんだなぁ、、何人か。

①たくさん兄弟がいる中での末っ子で、兄や姉が下のために早くに自立して環境を整えたのに、勉強に向いていない脳ミソな残念な人―――でもその時代には珍しく高校を出ている。受験は名前を書くだけでいいおバカ高校を。
②物質的にも申し分はないし何でも優先的にやらせてもらえるし選択肢も無限にある長子なのに、目先の物欲とメディアの商業主義とに踊らされて、勉強のべの字もなく自己管理まで家族に請け負わせる迷惑者―――でも学力は及第すれすれをキープして無難に高校を卒業し、その高校の優秀な人と同レベルにも見せかけられる地位を確保した抜け目のなさ。

劣等感由来の小汚さといったらそれはもう、岩をも通すすごい力なのだ。シロアリかスズメバチを見ればわかるでしょう。家族の目下に対してでさえ、自分より上の世界に行くことを何としてでも阻止したがる。口では協力するとか言いつつも本心では望んでいない。

そうして、純粋に世の中の役に立ちたいと思って努力を重ねた“中の上”の人を、手が届かないもっと上の層の代わりにいたぶる標的に・・・。おそらく無意識にやっていることだろうから、余計にタチ悪いわァ~。

多数派が何でもかんでも悪いってわけじゃないけど、そこに紛れ込んでいるというか、うまく立ち回っている病巣のようなものがね・・・だって、表面的には何も悪いことをしていない普通の人の悪事は、なかなか表面化しませんから。
by kimmie-dolly | 2011-12-16 17:19 | ヲバサンの覚書a-c

重視すべき観点

DQNという言葉の定義は曖昧でありつつも、他の言葉と同じく曲解によって、似たような悪質性を持ちながら該当を逃れている人間が潜在的に多いのは実に困りものです。

一部の職種を除いて学歴社会が緩くなり、実力や経験値が就職を左右するようになってけっこう経ちます。けれどせっかく収入が学力に縛られなくなり間口が増えても、世間からは不満の声ばかりが聞こえてきます。

ちょっと強引ではありますが人間をざっくり2種類に分けたとして(実際はそんなこと不可能ですよもちろん)、頭のいい人と頭の悪い人とがいるわけですよね。そしてその両方に、これまたざっくりとではありますが性格のいい人間と悪い人間とが混ざっているわけです。

今までは性格が良かろうと悪かろうと、頭が良くて比較的広範囲の能力が高いとされる人が仕事の選択肢が多く、生活水準を上げられるポストを占めていました。

これが学歴の壁が取り払われると、今度は下から能力が高くなくとも悪知恵が発達した性格の悪い者の方が多めに入ってきやすくなるのです。どうやって限られたポストの中に入り込むのかというと、高学歴の人の内、性格のいい人間を引きずりおろしてその隙間に行くのです。これしか方法はあり得ません。

つまり、いくら壁をなくしたところで本来融通されるべきの、能力は少々劣るも誠実に生きている人々はいつまでもステップアップが許されず、それどころか有能な人がどんどん潰されて、働き手の大部分を「能力が高くて性格が悪い人」と「能力が低くて性格が悪い人」とに巣食われてしまう可能性すらあります。これでは合理的かつ迅速な仕事は出来ても、物事を円満に運ぶ社会とは遠くなるでしょう。

さらに頭が痛いのは、悪だくみの結束力はかなり強固だという点です。能力が低くても世渡りが上手な人は、何かしら得をするために能力が高い人間には取り入りたいと願って、何でも言いなりになりやすい傾向があります。それがたとえ間違っていようとお構いなし。自分さえ安全を確保できれば何でもいいのだから。

そして能力が高くて性格の悪い人にとって、そういった利害だけで結び付いた関係を築くには、温かい気持ちを持った性格のいい人など使いにくく邪魔なだけ。それに賢さで足をすくわれたくもないので、頭が悪い人間のみを手元に置きたいといった信条でしょう。

都会だけの話かと思ったら割合そうでもなく・・・。むしろ田舎に適応しすぎる人間は、外の世界に対して共通の悪者を作り上げ、一致団結して批判を繰り広げるのが慣例化しており、その条件のひとつが高学歴だったりするのも珍しくないのです。

単純な人間は、いいことをしたら高学歴だからだと褒め上げ、悪いことをしても高学歴だからとこき下ろす。そんな肩書きに踊らされずに、人間の中身を見て欲しいと思います。学歴や勤務年数でさえ人格を構成するほんの一部分に過ぎないのであり、人間性は別のところにあるといってもいいほどです。
by kimmie-dolly | 2011-12-13 19:04 | ヲバサンの覚書j-l

一安心の赤み

夏越しの際に、大変な事態になったチラ・2代目コルビー殿。

で・す・が、こちらの心配をよそに・・・
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紅葉を開始したもようです。

いやー、これで何とか生き延びられる確証になったでしょう。ほっそいけど体力はありそう。古株の方のコルビーさんはまだあまり色付いていないのに、お早い反応です。

前回の記事に載せた時から後に、また数枚の葉が剥がれたのですが、生長点が無事であれば何とかなるもんだ。要らない葉は付けておいても意味がないということなのか・・・。

紅葉した葉も少々とれちゃったりしました。↓
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様子を見ようと持ちあげた時に、軽くどこかに引っかかってそのまま落ちたものです。でもこれ以降はしっかりした葉のみになったので、もうこれ以上は葉が減ることはないかと思われます。

この葉っぱを見たら、縁が色付いているのがわかりますね。先端だけでなくて、根元の辺りも囲むように赤紫っぽくなっています。こりゃあ何年も気付かなかった。愛好家の方々はよく見ているのかな。長い時間お日様に当てないと、全身が濃く赤に染まることなんてないからなぁ。。

またコルビーの花を見たいものだ・・・。道のり遠い・・・。
by kimmie-dolly | 2011-12-12 15:28 | ◆コルビー

キレイな子

今シーズン、街角の木々の紅葉はいまひとつでしたが・・・。

チランジア達は色付きがいいです!例年よりも!あらぁーなぜかしら。もしや日本の気候は、アメリカ大陸のようになりつつあるのではないかと思うほどです。

昼間によく晴れて、夜に小雨が降っていたりすると妙にニヤニヤしてしまう・・・チラ達がご機嫌かも、などと嬉しくなるのだから。真相はどうだか知らんけど。

さ、そこで、11月に室内に取り込んだこのお方の出番だッ↓
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うふふ・・ちょいとめかし込んでますが、アルビダさんですよ☆

今年は頑張って下旬までお外にいてもらいました。といっても気温が高めだったからであって、0℃を切るタイミングで屋外のシーズンを終了しています。

なんだかんだで12月に入っても最低気温は0℃以上の日が多くて、今年はかなり冷え込むのが遅かったようです。去年は11月の中旬にはもう冬支度してました。

今季のアルビダさんはぁ、生長著しい時期にワイヤーの巻き方を少し工夫して、出来るだけ真っ直ぐに伸びるようにさせました。太陽の方向へ行きますからねー。春に折れた葉も虫食いの跡も、新しい葉の陰で目立たなくなって一安心。相変わらず15センチ程度の小ささで、亀の歩みではありますけども。

さぁさ、本題はこの紅葉ですよ、紅葉。
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水やり後が特に鮮やか。青紫というか青黒いというか・・・。

いや~こんなに染まるものだったのか、アルビダさん素敵・・・❤生育期屋外栽培2年目でお初の出来事であります。ベルゲリとテクトラムは赤くなってから深い色になるけど、アルビダさんは直にこの色に・・・白い肌によく映えて、どことなく妖艶。ムフフ。

この色って、今年やって来たダイソー産ハリシーの黒さにもちょっと通じるものがありますね。気温が低いとこんな感じの紅葉になるということかなぁ。

まあウチでは経験上、アルビダ・ベルゲリ・テクトラムは乾燥気味に管理していれば、屋外で0℃まで耐えられることが立証されました。時々マイナス3℃くらいまで下がることもありましたが、吊るされていて地面から離れているからか平気みたいです。

それよりも1日中寒いこれからの方が大変そうだ。。
by kimmie-dolly | 2011-12-10 16:50 | ◆アルビダ

2011リーフ祭典はいずこへ、、、

やや遅れ気味の話題ではありますが・・・。

今年の紅葉は色付きがよくなかったです。テンション下がるわァー。この冷え込んだ陽の短い時期に紅葉がなかったら、いいことがろくにないではないかッ。

11月に入ってからいつまでも気温が高かったせいで、発色が全然違ってくるようです。なので今年はどこを歩いても綺麗な紅葉になかなか出会えませんでした。あーショック。彩りが欲しい!

去年写した紅葉たちは、軒並み赤くならないまま枯れていました。あんなに美しかったのに。。毎年条件によって変わってくるものなんだなぁ。中には一度紅葉し、その後の気温の上昇で新しい青葉をつけているものも・・・。

近所にあるイチョウはそこそこ黄色くなっていたけど、見たのは色付きの初めの頃で、次に通った時には落葉していた・・・まあまだ小さい木ですからね。葉の数が少なければすぐ終わってしまうわけです。

唯一カメラに収めたのは、この木。
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比較的鮮やかに発色していたものです。黄~オレンジ系かな。
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日が当たるとキラッとします。

このところ、オレンジという色に魅かれつつあります。今まであんまり興味がなかった色なのですが。温かみがあるのがこの時期に適しているのもあるのかしら。

春に買った名無しのサボテンがムスクラらしいと知って、オレンジの花を魅力的に感じたことも影響しているかもしれません。ピンクとか紫に比べてオレンジの花、数は少ないせいかとっても新鮮な気がします。

思えば君取は数十年生きてきて、オレンジの服なんてたぶん一着だけだと思います。中学生の時に買ったシャツで、サイズの変動がない人間だもんで、まだ着られるからとタンスにあります。

でも実際に着たのは数えるくらい・・10回未満です。おそらく。オレンジという色は、別に嫌いではなかったのですが特に意識することもなく、自分の中では長らくどうでもよい色だったようです。

オレンジは「歓びの色」だとかよく言われます。不幸ではなくともそういうものとは遠かったのか、君取は・・・。冷めた人生だったんだろうな。それがまぶしく見えるって、ちょいといい傾向かしらん☆

「よろこび」の文字には、「喜び」と「歓び」とあるけど、何の違いなのだろうか。まだまだ勉強が足りんな。漢字って意外とそういう細かい区別が多いなー。

どうせならその「よろこび」の色をもっと見たいわァ。
by kimmie-dolly | 2011-12-06 16:30 | ヲバサンの覚書etc

クマ展望

ついでだから、去年の今頃の熊童子さんの様子について少々。。

気温が下がり始めると新芽を出しながら落葉する我が家の熊童子さん・・・。でもそれとは無関係に、元気な葉っぱを1枚、誤って落としてしまったのですよ。

それが10月だったのですが、しばらく本体の近くに挿しておいたのですわ。で、11月になって土から抜いてみたら、発根していました。

・・・と、ここまでは以前の記事にも書きました。それから再び挿した状態で冬を越し、どうなったかといいますと。
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水やり開始を待たずして、水分が抜けきりました―――。

ただ、気温は低い中でもこんなに根は出るものなのだと感心。最後に確認した11月の終わりには、ほっそい根っこを壊してしまったのに、冬の間にお水なしでここまで伸ばしていたとは。

もしかしたら、本体と同じ鉢でなくて別口にしておけば、冬でもちょろっと水を与えて葉の水分が維持できていたかもしれない。冬の窓辺は日当たりは最高だしそこそこの温度になるから、夢の葉挿しも実現不可能ではないかも。あ、本体の根は幹立ちしていて深い所にあるのだから、表面にだけ霧吹きでもしておけばよかったかな。乾燥に加えて寒さのせいもあるなら無意味かつ危険だろうけど・・・。

それにしても熊童子の植え替え、日照の減る春にやって大丈夫かいな。。いい加減に枝を短くしたいのだけど、根は一体どこから出るのやら。

サボテンと同じ要領でやれば何とかなるかな~。あの子らも何だかんだで根付いてるし。
by kimmie-dolly | 2011-12-03 11:57 | ◆熊童子