女神見習いヲバサンの記


ちょいと小心者なヲバサンによる、甘辛人生哲学
by 君取(きみどり)
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ドクハラに留まらない

きっと医者だけに限ったことではなく、社会全体で人との距離感のはかり方が乱れているのだと推察されます。そういうのを気にしない人ばかりが生きやすくなっている世の中だと。

医者にかかっていた高校生の時の私なんて、お腹は普通にすくけれど食事がうまく喉を通らない精神状態が毎日のようにあったのに、暴飲暴食と決め付けられるってどうなのよ?他にも言いようがあるでしょうに。

しかもこの診察は夏休みに始まって数か月続いたし、治療法も多角的に考える余地は十分あったはず。毎日食事の度に大変で(喉を通らないし)、そのせいで激やせだったのですよ。なぜそこに気づかんかなー。

ま、今やどうでもいいことですがね。私は不摂生などしたことがないし、別にしたいとも思いませんから。我慢しているとかではなくて、荒れた生活など意味のないことだと理解していればいいのです。私の唯一の不健康といえば、辛い料理が好きなことくらいかな。

やたらと他人のダメな部分を突こうとする人ってなんで多いのかしら。特に自分が認めたくない人物には、ハナから悪いところしか見ようとせずにこき下ろしたりして。自分以外の人間にもそれを示そうとするんだな。

いくら嫌いな人だって、少しは「すごいな」と感心できる部分があります。能力とかではなくて、人間的に素敵で誇れること間違いなしの何かが。それすらも見なかったふりをして、無かったことにするとは・・・最低だ。

認めたくない人を徹底的にバカにし見下している連中は、自分がそれをやっている事実も偽装する。いい子ぶる癖がついていて、その場その場で指摘されても「えーそんなことやるわけないでしょ」とうまく逃れて、人目がなくなった時に陰でこっそり特定の人物をナメきって傷つける。

深く付き合ってみないと、こういった人間の本性はなかなか見えてこないです。だから皆、魂胆があるアピール上手の人の言いなりになりやすく、そういう人の言い分ばかり通って行く。悪循環でしょ☆

どうせ自分自身と向き合わない人は死後に長く苦しむ上、来世で不幸盛りだくさんの人生を送るのだから、せいぜい現世に執着していればいいのだ。この世でだけやりたい放題できる人たちですもの。

しかしアピールしないと疑われる私って、そんなに頭悪そうに見えるのかな・・・。(でもアピールは嫌い)
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by kimmie-dolly | 2009-10-30 12:23 | ヲバサンの覚書d-f

ドクハラと断定

昨日だったか、いつものようにチランジア関係の検索をしていたら、偶然たどり着いたブログに医者への不満が書いてありました。「なんで医者はあんなに傲慢なんだろう」みたいなことが連ねてあって、「入院で不安な自分を安心させる説明をしてくれたのは若い医師一人だけだった」と締めくくっていましたね。。。

もうどのブログだったかわかんなくなっちゃったー。履歴を調べるのも面倒だなァ。でも確か3か月以上も前の記事でした。みんな同じようなこと記事にするものですね。

前回書いた医者は思い起こしてみれば、他にも嫌な面があった。中学に入りたての頃の私は慣れない環境でしょっちゅう体調を崩して診てもらっていました。通学・通勤の患者が殺到する時間帯で慌ただしいのは明らかでしたが、親切というのには遠かったです。

その時はまだいいとして、私が高校生になって胃がおかしくなった夏のことです。夏バテとは違う、食欲不振と吐き気に悩まされていたため受診しました。尿検査で原因がわかると、その医者は「こういうのは暴飲暴食とかでなるね」と勝手に断定口調。私の中では学校の人間関係のせいだとわかり切っていたことだけに、余計に腹立たしかった。

もちろん医者にそんな私の心理面まで察しろとは思いませんが、何かこう、「高校生ごときにストレスなんてあるわけない」と決め付けた心の狭さ、それに「こいつは不摂生をしている」と最初から当てをつけて証拠集めをするかのような姿勢が気に入らない。

こうやってイライラしてくると、本当は「あんまりフザけてると診療代を払わないで帰るぞッ」と言いたいところだが、小心者なのでそんなこと出来るはずもなく・・・。さらに胃に来てまた受診・・・。

近頃はこの病院では対処しきれない病態になったために、行かなくなりましたけどね。医者の態度でも症状って左右されるかもー。
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by kimmie-dolly | 2009-10-29 12:07 | ヲバサンの覚書d-f

ドクハラまがい

君取は子供の頃から精神的なダメージを受けやすく、またそれがすぐに体の不調になったりしていたので、わりと病院にお世話になっていました。

そのわりに医者運は悪くない方で、変な医者とかにはあまり遭遇したことがありません。世の中にはとんでもないドクハラ医師がいるそうですね。医者の人格によるところが大きいのでしょうが、医者と患者の距離感というか、関係全体を見直す必要もあるかもしれないです。

私個人の体験談ですと、医者としては普通でも対応が不愉快な場合というのは時々あります。人格的に尊敬できない感じが透けて見える瞬間で、薬の処方に関することです。

私が高校生くらいの時から、当時お世話になっていた内科の医師は診察の終盤に差し掛かると薬の種類を検討し、「妊娠の可能性はありますか」と聞いてくるようになりました。もちろん即座に「ないです」と答えるのですが、医師は念を押すように「本当に?」と再度確認します。私は普通に「はい、ないです」と答えていました。

高校生の時はこんな流れで終わっていました。それが20代前半になると、さらにしつこく聞いてくるようになったのです。結婚もしていないのに。あのねぇ、そういう計画があるのだったら、聞かれる前にこっちから言いますよ。それに自分の体の管理が行き届いてない人だったらいくら熱心に問いただしたとしても、まともな答えを正直に話すとは考えにくいでしょうに。つまり、無・意・味。

まぁ要するに最初から、「健康管理が出来ず生活が乱れていて、医者ばかりを頼って来る依存した人」の疑いをかけられたと。真面目に生きてきて体を壊して弱っているのに、遊び女扱いされちったー。へこむわァ。

その医師が何を一番恐れているのかというと、患者が後で妊娠してましたとやって来て、あの時の薬のせいでこんな分娩事故が起きました、こんな障害が出ましたと訴えられることです。患者が苦しむことも一応避けたいと願ってはいるでしょうが、無知からくる自業自得な患者のせいで自分の人生を狂わされたくない気持ちがかなり強いと思われます。

それならばあなたは普段から、医師としての通常の業務以外にもまともな患者とそうでない患者との見極めがしやすいように人を見る目を養う努力はしているのか?医学の知識が全く頭にない、常識に欠ける人々に少しでも改善されるように働きかけているのか?

医者全般が今、大変な環境に置かれているのは何となくわかります。ただそれは今に始まったことではないはずです。何の職業でもいえることで、徐々に変えていくしかないのでしょう。

だってもうそんなに若い医師じゃなかったよ、その人。。。
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by kimmie-dolly | 2009-10-26 12:10 | ヲバサンの覚書d-f

スキャポライト

黄色い石を欲していた時に出会った石。あまり知名度がないらしく、天然石の業界では取り扱っている店も少ないようです。ビーズで買ったものを一粒、写真に収めてみました。どうでしょう。
f0203870_11183176.jpg

わりと茶色っぽく見えますが、蛍光灯や太陽光の下では金色がかった黄色です。この写真は蛍光灯の明かりで撮ったはずなのに、電球の近くに置いた時のような色合いをしています。石の撮影は難しいですね。

ネットで調べてみると、他の石同様この石も黄色以外にいくつか色の種類があるらしく、原石やルースで販売しているものは透明、紫、ピンクがありました。ビーズでは透明感のある褐色や黒で、キャッツ(シャトヤンシー効果)が出やすいとかで一気に価値が高まるみたいです。

玉を回転させてもう一枚・・・
f0203870_12411121.jpg

あんまり変わらないか。実はこれにも少しだけキャッツが出ています。私はキャッツにさほど強く興味を持っている方ではないからどっちでもいいのだけれど。それよりも色味です。とても惹かれるものがあります。

これはいわゆるシトリンカラーというやつですね。シトリンは現物を見たことがないので何とも比べようがありません。ただ水晶の質感というのは自分のコレクションを見た限りでは何となく共通するところが感じられました。水晶系(アゲート・カルセドニーやオパール)は一貫して、まったりとした表情が特徴です。

でもスキャポライトにはその「まったり感」が見受けられない。水晶系が液体を思わせる柔らかさなら、こちらは気体のような、光を凝縮させた柔らかさというところでしょうか。だから多分、見た目としては水晶よりトパーズ辺りに似ているのかと。トパーズはホワイトトパーズをちょびっと持っていますが、まあそっち系です。

このスキャポライト、どこかで見たことのある印象なのですがどうにも思い出せなくて・・・。自分の記憶力が恨めしい。何かに似ている質感なのですよ。眺める度にモヤモヤしてしまいます。

そして黄色の石の天然色はだいたいこうやって金色がかるのだと傾向をつかみました。光の集合体のようで重厚感がありそうな色味でも肌に軽く馴染みます。(私の肌が特に黄色っぽいので)

前に書いた記事で、黄色い食べ物は果物か乳製品くらいだとか書きましたが、ちょっと訂正します。考えたら乳製品は自然のものではなくて動物性だった・・・。ついでに、黄色い食物の代表である卵も生き物由来。

この前テレビで得た情報なのだけど、卵の黄身が濃い黄色なのはトウモロコシをエサにしているからだそうです。そのエサを米にしてみたら、レモン色とかの薄ーい色に変化したそうな。

そうだ、植物で黄色は穀物の豊穣を意味するのだった。カラーセラピーの世界などでは盛んに言われていることだとわかっていましたが、ちょっとだけ理解が前進したかも。とにかく光を連想する色かぁ。

それが決してギラギラしているのではなくて、あったかい、優しい光なんですねー。これからもこやつを眺めて色々想像を膨らませてみよっと。
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by kimmie-dolly | 2009-10-23 12:34 | 天然石

ちょっと石談義

ネットで天然石関連のサイトを見ていると、実に様々です。自作のアクセサリーを掲載している人、原石のコレクションを解説している人、ヒーリングの観点から石と接している人、などなど。

私もビーズを買って簡単なアクセサリーを作ったりするのですが、ほとんど普段使いの自分用なので紹介できないものばかりです。作りもそれほど凝っていないし、デザインにも特にこだわりはないです。

天然石のアクセサリーを作るのには、デザイン重視の場合もあれば、願掛けして何らかの効果を得る石組みを意識するものもあります。どっちも生きていくには必要なのでしょうね。

とりあえず私は気に入った石をその都度予算に応じて購入して、その形状に合ったアクセサリーにして身に付けたり、家で眺めてゆったりしたり持ち歩いたりと、「一緒に生きてみる」という感覚です。

チランジアは植物だから自分が育てながら暮らしていますが、石はもっと広い意味で生命を感じます。だからといって何でもかんでも人間の思う通りに、石が物理的な変化をもたらすなんてことは考えにくいですが。

人間の命は長くてもせいぜい100年、石にとってはそんな年月はほんの一瞬みたいなもの。その瞬間を同時に過ごすのって、すごいことです。生命観が別次元のような存在で、心理的な影響は計り知れません。

石とワークできる人ってどういう訓練を積んだのかしら、謎だわァ。普通は石を愛でるのにも視覚を通して感じる部分が大きいけど、あれもイメージするためには目が重要になるのかな。

物の色とか質感は本当に感性に訴えかけるものがあります。私も出来れば、野菜・果物のきれいなものはずっと眺めていたいし、そのまま眠って「一緒に生きている感」を味わっていたい。

食べる用と観賞用とに分けたいような、食べるのがもったいないくらいキレイな農作物が多いです。あんまりキレイなのって、農薬のせいもあるからまさにそうした方がいいのかも。。。

石は自然のものでも腐るということが絶対にないのが魅力。でも紫外線で色はあせるのか・・・。なんだかとてつもなく恐ろしいです、紫外線。あと保存状態が悪いとカビは生えます。家族の数十年前の天然石アクセサリーがカビに侵されていて仰天しました。

何事も丁寧に、ってことですね・・・!
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by kimmie-dolly | 2009-10-21 17:50 | 天然石

名前ふたたび

名前の識別って、一苦労です。似たような名前、微妙な読み方の違い、同姓同名・・・これは神様に試されているとしか思えません。きっと、個人の特徴をよく見るように仕向けているのです。

それでも日本では名字の数が世界的に見て多い方らしいですね。個性が無いようで意外と名前は他との差別化に使われているみたいです。裏を返せば、もうそれだけで覚えてくれっていう安易さにもなりますが・・・。

そしてその多様な名字がまた、地域差によってちょっとずつ変化していくものだから、ややこしいことになっています。やっぱり最終的には中身の区別で覚えろということか。

芸能人・有名人でたとえると、定番の紛らわしい人々が、<坂井真紀><酒井美紀><水野美紀><水野真紀>でした。最近はそれぞれ個性が際立ってきたのですぐわかりますが、誰しも一度は間違えます。

あと男性でいうと、<玉木宏>と<玉山鉄二>。この2人はほぼ同じ年でしょう。しかもタイプもやや似ています。私は最初に<玉木宏>をばっちり覚えていたのに、初めて<玉山鉄二>を見た瞬間、「あれっ、この人は玉木・・・じゃないよなぁ、なにっ玉山だって?混乱する人が続出するだろうに」と予想しました。

同年代にして似ているといえば、陸上の<為末大>と<末續慎吾>、これは神様のいたずらの極みです。両方ともハードルと短距離の少しの違いだし、見る方としては走っている姿が見事に重なる。その上名前が一文字ダブって訳がわからない~!よく見れば顔とか全く違いますけどね。イメージだけで捉えちゃうからなぁ。

まぁだいたい個性がわかってくると名前での混乱もなくなりますが、そこに行くまでがね・・・。<竜雷太>と<峰竜太>、<榊原郁恵>と<柏原芳恵>、<柏原芳恵>に関しては<よしわばらかしえ>ってのもあったな・・・。いやぁ頭の体操になりました。

どっちか片方がものすごく有名だったり、年が離れていればすぐ頭に入ってくるのです。<陣内孝則>と<陣内智則>であったり、<藤竜也>と<藤原竜也>だったり。

この前テレビを見ていたら、<森貴美子>という若手っぽい人が出ていました。ああこれはっ!<森公美子>と<余貴美子>を合わせた名前だぁぁ!とプチ混乱。でも年とかタイプがだいぶ違うので逆に覚えやすかったです。年とタイプが違っても、<加瀬亮>と<瀬川亮>は間違えましたが・・・。

普段顔があまり表に出ない作家の世界でも、これまたあるんですよね・・・ややこしいのが。<林真理子>と<林芙美子>、<内田康夫>と<田中康夫>、<有吉佐和子>と<阿川佐和子>、ああもうどうなっちゃってるんですか。こういうの考えてると眠れなくなりそうだわァ。

古典の世界なんて、すごい人が出てくると皆それにあやかって、あえて似た名前にしているのも多いです。わかりましたよ、つまり人をよく見て洞察しろと。

こうやって考えると日本人てかなり頭がいいかも。
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by kimmie-dolly | 2009-10-20 12:40 | ヲバサンの覚書m-o

神出鬼没☆ちょこっとリンク(アーティスト編)

なんだかんだで個人のブログ紹介はやらないでいます・・・。お気に入りはけっこうたくさんあるのだけれど。

今回はアーティスト編、ということで私のおすすめは、宇多田ヒカルさんのホームページです!


Massage from Utada Hikaru/Utada
http://www.u3music.com/top.html



前回の中田ヒデといい今回といい、すでに有名でまったく掘り出し物ではないのですが、いつまで経っても見飽きない点で、私の中で評価が高くなるのです。

特にこの宇多田さんにおいては、写真付きの記事のセンスが光ってるなぁ~と惚れ惚れしてしまいます。世界規模の大きい仕事に携わっていながら、日常の小さな面白一コマを見逃さないのはいいですねー。地に足つけて一瞬一瞬を楽しむ、これ最高です。

時々登場する大きなクマさんはめちゃくちゃキュート。いやぁ、あんな可愛いブログに出来たらいいなぁとつくづく思います。

デビューしたての頃のメッセージもチラッと見てたけど、昔は文章だけでかなりの頻度で更新していました。10代であれだけまともな文が書けたのはすごいわァ。普段から読書家みたいなのでそれも大事な要素ですね。

中田ヒデもそうだけど、世界を渡り歩いているからといって、その特殊な経験のみをネタにしているわけではなくて、あくまでも広く一般市民にもわかりやすい、普遍的なお楽しみを熟知して見せてくれているような構成。

芸能人のブログも今はたくさんありますが、人気者であったり有能な人でも、必ずしもブログの内容に反映されるわけではなさそうです。(好みもあるかも)

どこかのお店に食べに行ったとかファンの人にはたまらなく嬉しい情報であっても、そうでない閲覧者からするとあまり興味が湧かない場合ってあるし。そこをクリアするとコアなブログファンがつくのかな。

ブログという媒体自体がちょっと難しいですからね。力の入れ具合であったり、位置づけが。何事も日々勉強ですねェ☆
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by kimmie-dolly | 2009-10-17 18:03 | リンク集解説

チラの運命

昨日、無印良品に行きました。お目当てのチランジアさん達はというと・・・。

うーん、やっぱり、というかそうなっちゃうかぁ、といった感じでした。

商品価値としてはもうギリギリのところでしたね。前に見た時はあんなに元気だったのに。。。まさに瀕死の状態ってやつです。

それでも100均に比べればいい方かも。萎れて水不足みたいだったので、ソーキングすれば息を吹き返すと思います。お店だとどうしても日に当たれないのもダメージかも。

ホームセンターだとああいう場合値下げしてくれますが、そうはいかないですよね~。商品の数もかなり減っていたから、あんまりひどいのは売らないことにしているのかな、さすがに。

確かに無印はそれ専門でも何でもないし、チランジア中心に店舗運営なんてしていられないに決まってますよね。うん、それが正しい。

それだけお買い上げされた株は運がよかったってことになりますかァ。こりゃあ大事に育て上げねば。

でもカプトメデューサ(T.caput-medusae)は元気だったなぁ。なんでだろ。そんなに強健なのかしら。君取は壺型チランジアには苦い思い出ばっかりで育てる自信がなく、買うのは遠慮させていただきました。

今度は無印さんももうちょっと、種類の幅を広げて欲しいです~。
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by kimmie-dolly | 2009-10-14 11:46 | チランジア

日本らしさって

ここ数年、時間の流れがすごく速い気がします。単に自分が年をとっただけで、世間の子供たちはそうではないのかもしれないけれど、流行の間隔とかはやっぱりどんどん短くなっているような。

それもあってか、世代間の違いはもう、10年いや5年くらいで顕著になってきます。だから50年前、100年前なんていったら異次元のレベルではないですか?1000年前なんて想像も及ばないかも。

半世紀くらい前のからかい言葉で、「おまえのかあちゃん出べそ」とかいう、よくわからないのがありますね。私の子供の頃にはすでに死語だったと思いますが、そういうのがある事実だけは知っていました。あれは要するに、母親を悪く言うのが子供にとって一番ダメージがあったからなのか、それとも出べそ程度だったら言ってもいいと軽く口に出す風習があったのか、いまいち理解し切れません。そんなバカげた発言で何が楽しいのかもちょっと・・・。主に男子の間での用語なんでしょうけど。

それで日本らしさだとか何とか言われても、はっきりしないです。思うに現代のこの国で都合よく「日本人は・・・」とか「昔から日本では・・・」とたとえられるイメージは、明治以降の軍事的な目的で広まったものが大きいのではないかと思います。

たぶんそれ以前にあったと思われる武士道の精神みたいなものに、新たな意図が加わった感じでしょう。それで古代の神道を再現したつもりでしょうが、今なおその精神論がおかしく根付いています。

外国のニュースなどを見ると、事件や事故に巻き込まれた人の遺族は、壊れそうなほど大声で泣いたりして悲しみを全身で表現します。同じような場面で日本人は涙をこらえています。我を忘れて周りの人に迷惑をかけたりしないのは素晴らしいことには違いないものの、なんで悲しみの最高潮の場面でそこまで自分を押し殺さなければいけないのか?これってもしかして、戦地に赴く兵隊にやらせたことと同じなのでは・・・?

そもそも日本の文化なんて、純粋なものはほぼ0に近いのです。私が勝手に推測するに、今の日本人を構成している文化の70%は古代中国から来たもの(主に朝鮮半島経由かな)。残りの30%の内訳は大航海時代のポルトガルやオランダ、幕末から明治に一気に押し寄せた西ヨーロッパ全般、そして大戦後のアメリカ。で、これらを抜いたら何が残るのかしら。

ああこんなことを書いていたら過激な政治団体とかに本気で消されかねないわァ。何が言いたいのかというと、つまり歴史は創るものなのです。人間なんて広い意味では全員混血だし、元からある文化に自分を当てはめるだけでなく、常に新しい方向に進まないと何事も、良くないことに目が行って不平に終わってしまう。

先進国なのに年間3万人も自殺者を出すなんて狂気じゃないですか。自分も他人も傷付けるような国家は終わり!過去は勉強を重ねてうまく整理して、これからに活かすのッッ!!
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by kimmie-dolly | 2009-10-12 12:42 | ヲバサンの覚書m-o

要領がいい人間

「要領がいい」という言葉があります。日本語はとてもあいまいで、物事をスムーズにこなす様子を指すのが正しい使い方のようですが、どうも一般では「ずる賢い」の意味合いで用いている人が多いと思われます。まぁ結局この世は嫉妬で成り立っているようなものなので、辛いことからうまく逃れている(と人から決め付けられている)人物を少しでもおとしめたいと願ってそういう称号を与えるのでしょう。不快極まりない話です。

「要領がいい」は「頭がいい」と等しく、よって「賢い」につながります。ただこの「頭がいい」というのはこれまた解釈が広い言い回しで、知識が多い人、知識をうまく活用できる人、知識とは無関係に回転が速い人、などが含まれます。これら賢い人々がおかしな嫉妬心によって、すべて「ずる賢い」扱いをされてはたまったものではありません。

「ずる賢い」人は頭の良し悪しとは関係なしに、隙あらば楽をしつつ富や名声を得ようとする自己中心的な考えや、誰かを見下すことで自分を特別視したりする欲に支配されている状態が多いです。つまり賢さとは全く別問題。勉強や仕事が出来るからといって「ずる賢い」の理由にはならないのです。

高学歴や高収入、カリスマ主婦、カリスマ社長、その他諸々の「要領よくやれるよう努力してきた、またはそうせざるを得ない状況に置かれてきた」人が全員、そうでない人たちを困らせているわけでないし、まるで詐欺師の予備軍みたいに言われては、その培った能力を十分に発揮できないではないですか。腐った人間性をそんなに求めているのか?

ひがみっぽい観点しか持てない人間は能力にばかり目が行って、その裏の苦悩や努力は評価しないどころか、ないものとすら思っているようです。自分が直接感じた辛さを中心にそれしか悩みの種類がないとでも言いたげに、努力も実行しないうちから能力のみを欲しがります。まさに究極の横着。その上賢い人の弱点を遠まわしに引き出すとは、たいした手法です。

それなのに自分は能力がないからと変に開き直り、自ら「私は要領が悪いけど努力はしています、頭が悪いのでずる賢さはゼロです」とアピールだけは忘れず、それを言いたいがために能力を伸ばす道を一切捨てて、能力が高い人々を批判する人生をまい進するとは迷惑としかいいようがない。頭が悪いのに悪知恵が働く人間なんて山ほどいます。

この「要領が悪い上にずる賢い」人間が優遇されていて、「要領がよく人格も優れている」人間が振り回される実態はどうしたらいいのでしょうか。「頑張ってますアピール」をする方が評価されて、陰で本当に頑張っている方が隅に追いやられるのが世の常なんでしょうかね・・・。それが「要領がいい」の幅広さに表れるのかと。
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by kimmie-dolly | 2009-10-11 11:07 | ヲバサンの覚書w-z