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女神見習いヲバサンの記


ちょいと小心者なヲバサンによる、甘辛人生哲学
by 君取(きみどり)
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カテゴリ:ヲバサンの覚書p-s( 41 )

リユース魂②

2009年に使い始めたお財布が劣化してきまして、遠い昔に使用していた物を再び引っ張り出した君取、その話の続きでございます。。。

わりと何年も使い古していた記憶がある財布なのに、表も中も驚くほど保存状態が良いのであります。全体的に生地が柔らかめなのがそうさせているのでしょう。いくらだったのかは定かでないのですが、小学生が目を付けたものだからそんなに高くはない品だと思います。そして当時の商品はきっと日本製に違いないです。

一代前の財布もなかなかの丈夫さ、しなやかさで手放すのが名残惜しかったけれど、あれも安価な品にしては素晴らしい品質なのでした。日本製だったかどうかはわかりませんが・・・。折り畳みの財布は広げたり閉じたりを何回もするのを想定して作られているから、ある程度しなやかで、よって劣化しにくい仕様になっているのかもしれないですね。これにはまた学習させてもらいました。

でも一旦長財布に慣れてしまうと、レジの所で財布をパタパタさせるのも面倒な感覚になってしまうのだわァ。特に気を付けなければいけないのは、微妙な値段の支払いで小銭入れのファスナーを開けてから札が必要なことに気付き、慌てて札を出そうと開いている口を横にしてそこから小銭たちがチャリーンとばらまかれること。ふぅ・・・これからどういうデザインの物を選んでいこうかしらん。

さて、その長命なお財布さんの色は、青緑なのであります。君取の小物のコレクションとしては、珍しい色のチョイスでした。何しろ小学生の持ち物だったので、裏面にはがっつり自分の名前が書いてありました。

さすがにこれは・・・と、まずは上からペンで塗りつぶしてみました。
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青緑に近いパール使いの色で・・・。よく見りゃこの財布の色って濃さといい、ロシアンアマゾナイトと同じなのね。一歩間違うと薄汚れて汚くなりそう。あくまでも暫定的な使用にとどめた方がいいかもしれない。

これが乾いたら後はデコシールか何かを貼っておくか・・と計画していましたが、塗ったのが水性ペンだったためいつまでも乾かず。やけになってこの上からさらに油性ペンを重ね塗り。やっているうちに油性マジックの落とし方というのを唐突に思い出しました。油性と水性とが混ざった状態で拭き取れば、油性も落ちる・・・と聞いたことがあるのです。

乾かぬ水性のインクをその通りに拭き取ってみると、あら不思議!本当に油性のインクが取れた~☆ならば元から書いてあった名前もキレイに消えるかしらん、と何度も水性ペンで塗り塗り、ゴシゴシこするも、そこは生地に油性インクが染み込みすぎていて消えませんでした・・・。1年や2年の染みではないですからねぇ・・・そこに深い歴史を感じました。。

それにしてもかなりゴシゴシこすったのに、傷も付かず本当に丈夫なお財布ですよ。こうなるとこの財布がボロボロになるまで見届けたいような気にさえなります。

ただ世の中では、財布は年に一回で買い替えるのがいいとか言われていますね―――。根本からそれに反している君取って一体・・・。だって、気に入る財布自体がそう頻繁に見つかるものでもないし。そのあたりで思い切って奮発するのとしないのとで、財運が変わって来るのですかね?

ちなみにこの春は、何年かぶりに使い始めた物が他にもあったりします。多くは部屋の整理や、何年も放置していた棚の掃除などで発掘しただけのことなのですが・・・。

身につける石なんかでも、ブログの初期にとり上げた天珠を4年ぶりくらいに使い始めたり。まあ所有物の洗い出しというのは意外に楽しい作業であり、それらに再会できるのはとても幸せなことなのだと思い直したところです。
by kimmie-dolly | 2014-04-16 16:50 | ヲバサンの覚書p-s

リユース魂①

春に財布を買い替えると、縁起がいいとかいいますねぇー。

新しい季節となって年度が変わるので、消費意欲も高まったりして持ち物を一新したくなるというのもうなずけるものですよ。手放すものあれば、手に入れる物あり、といったところでしょうか。

このブログが始まった頃、君取は財布について記事にしたことがありました。以来その財布を愛用しております。ところがそんなお気に入り品に1年くらい前から問題が・・・。

長財布は折りたたみ箇所がひとつだけですが、その内側が続々破れてくるという事態・・・!そうだ、使い勝手は抜群だったが生地の硬さまでは気にしていなかったのだ。しなやかさに欠ける本体を何度も開け閉めしているうちに、ボロボロと消耗してくるのを予測していなかったッ。うわァ・・・これはいくら他のパーツがしっかりしていても長持ちしないわァ。残念、色と機能性に申し分なくともあまり使い続けられん。また後継者を探す旅に出ねば~。

というわけで当面は、今の財布はお札入れだけに使うこととして、小銭入れを中心にしようではないか。幸い、なぜか手元には可愛らしい小さなガマ口財布などがある。これらを使うか・・・と選んでいると、ある物が目に留まりました。

それは前に載せた12年物よりもさらに前の時代、高校時代に使っていた財布であります。つい先日、家に来た販売員に払うお金の数百円が足りなくなり、小銭が・・・!どこかに小銭がないか・・・?と家の中を探した結果、この財布に入っていた小銭がちょうどピッタリで助かりました。ものすごく久々に古い銭を動かしました。

この財布を改めて細部まで点検。高校の時はこれひとつで購買やら食堂やらで昼食代を払っていたものだ。でも財布自体を買ったのはさらにさかのぼって、小学生の時でした。今は地元から撤退してもうない某大型スーパーで。確か修学旅行に持っていったものだから、買ったのはその直前かもっと前か―――まったく干支が何周してるんだよっていう話ですわな。

修学旅行先では、まだ一度も財布を出していないのにカバンの中をいくら探っても財布が見つからず、「何かを出した時に一緒に出て落としてしまったのかも・・・!」と青くなって、同じ班の人たちを巻き込んで大騒ぎしました。しかし結局は時間が経ってから、カバンの一番下に沈んでいるのを発見してホッとしたものでした。

このように過去には急に消えたように思わせた財布が、世紀が代わってピンチを救い最接近するとは何とも面白いですね。では続きは次回に・・・。
by kimmie-dolly | 2014-04-14 16:53 | ヲバサンの覚書p-s

せき治まる

アセンションがどうたらとかいう2012年の冬至から1年以上が経ち、気付けば知らぬうちに今年も3か月が経過してしまったわけですが・・・。

なぜだかわからないが、以前あれほど悩まされていた度々発症する謎の咳が、去年の2月あたりを最後にぱったり止んでいるではないか!

そろそろ花粉も飛んでいるし、PM2.5が加わったりしてますます誘発しそうな咳だというのに、これは一体・・・。確かに現時点で最後だった2012年末から2か月以上に渡ってのあの咳き込みはひどかった。何かものすごい浄化でもしていたというのだろうか。

あばらの中まで痛かったし一度咳き込むと呼吸が乱れまくって、そのまま息が詰まってもおかしくないような勢いだった。まさに咳ぜんそくってやつだと思われます。ちょうど故人となった親族の入院中で、きっとあんな咳で見舞いになど行ったら間違いなく病院からつまみ出されていたことでしょう(家人は病室で少し咳払いをしただけで看護師に睨まれたと言っていた)。

その頃にはものすごくキレイな虹を見たりもしていたなぁ。前の年に久々に虹をお目にかかれたと記事にしたけれど、それに続いてまた架かっていたのでした。しかも上下に2本出るタイプです。カメラも構えましたがちょいと薄くて収められず。それでも本当に清々しかったです。10年くらい見られなかったのに短期間で2回も遭遇できるとは、いやー素晴らしいですね。

そういえば治まったのは咳だけではないかも。2013年においては、夏に毎年起こる不快な諸症状もかなり激減しました。咳が完治した春から何となく「今年は例年と違うのでは」と予感があったせいか、長年暖かい時期に発症していた様々がほとんど消えた感じです。あぁ~普通に朝の目覚めが出来るなんて夢のようだッ。20世紀、平成のひと桁の時代からずっと継続していた症状がですよ!やっと終わったのですよッ!

この間、働いていた時もあったし寝たきり寸前にもなったり。状況が変わっても常に体調には波があるものですよ。それなのに人間を機械的にしか見られない人々というのは、あれが出来ているとか出来ていないとかの目に見える動きだけに着目する、そういう見方しかしないんですねぇ。いやはや、恐ろしいですわ。

今年はさすがに雪かきをしないといけないかしらと、周囲の勤勉アピール合戦に負けて雪をかいてみたりしました。すでに昔、積雪1メートルの雪かきをしたことがありますから、こんな大変なものを人並みになど絶対にやるまいと、今回は体力を考慮して端の方だけ参加。すると当日はほどよい疲労感に包まれたものの、一晩寝たら背中が固まって動けなくなってしまいました。。たった小一時間の作業で・・・なるほど、まだまだ治まっていないものが多数あるのか。。。

やっている最中によぎったのが、早く終わらせたい怠け者ほど焦って必要以上に成果を出そうとするから、疲労が倍増するのでは、ということ。それでなまじはかどってしまうとアドレナリンが出て、次から次へと手を付けてしまって後で体を壊したりする人が出てくるのだろうな、と・・・。それって人より役立って称賛は浴びても、言い方は悪いけど、、、バカみたいですね?

それでもなお、体の悪い人が少々動いて出た成果より、健康な人がたくさん動いて出た成果を美化する世の中なのだからどうしようもないですわ。それで両者とも体を壊したとしたら、元々健康でなかった人の少しの成果などなかったことにされるのですね、ええ。

こうなったら君取は勤勉アピールの枠外にいくのだッ。もっと横着にならないことには、どうにもならないのだッ。とことん怠け者を極めるのだ、うん。
by kimmie-dolly | 2014-03-16 12:32 | ヲバサンの覚書p-s

スコーピオン全開

エキサイトブログの新しくなった管理画面を見回っていたら、カテゴリー編集がしやすくなっているではないですか~☆

上下に位置を簡単に変えられるようにされて、わーいこれはいい変更だッと思いました。チランジアのカテゴリーを見やすいように少しずついじっていこう・・・フフ。なんたってチラ様が優先っと。

まあしかし仕様を見ておりますと、近頃のパソコンにも搭載されている、あるいはタブレットのタッチパネル形式を意識した作りなのでしょうな。マウス駆使派の自分としてはやや手間取るが、それでもスッと動かせるのは爽快。。あとは新規投稿の難が解消されれば・・・言うことなし。

それが影響してかどうかはわからずとも、今月は更新が少なかったな・・・10月の体調はヤバかったし。珍しく丸一週間もお日さまが出なかったりして、もうあれは限界だった・・・太陽光がないと心身にもろに出る。いつからこんなに植物みたいな体になってしまったのか―――。冬の日本海側とか、いつも曇ってばかりの気候だと聞いていますが、自分には耐えられないかも・・・。そこに住む人々には敬服いたします。。

そういえば9月の終わりには、重要なパスワードを忘れてしまって大変でした。ネットには接続できるのだけど、ログインし直そうとしてパスワード不明のままログアウトしてしまい、メールが受信できなくなって困り果てました。

なんといっても8月にウイルス感染に伴って再セットアップしたのが発端で、一切のパスワードを緊急的に総入れ替えしたために、気が高ぶっていましてねー。メモをとるのを怠っていました。

自分で考えたものだから簡単に思い出すだろうとしていて、すっかり忘れきっていたのです。しかも再設定のための秘密の質問にも答えられず、いったんログインの行為を停止されたりとか・・・本人なのに、おバカ。

突き詰めていったら、新しいパスワードを申請するのに本人確認の証拠を郵送するとか、何やら恐ろしく面倒な道が待ち構えているようでした。こうなったら近道はもう、パスワードを思い出すしかないではないか・・・!ということで3日間考え続けたところ、出てきました!脳内に奇跡的に戻ってきてくれましたよー!

人間、だいたい3日考えて出てこない記憶はきっと捨てていいものなのでしょう。必要なものはそのくらいの期間で帰ってくるのだろうなぁ。これで一安心、すんなりログインに成功し、今度はきちんとメモをとりました。

まぁ自分で頭をひねってもわからないものは外からも絶対にわかるはずもないので、異常なほど慎重すぎる自分に笑ってしまいますわ。パスワードってのはそもそも、ひとつの単語にしてしまうと予測がつきやすいから、数種類を組み合わせておけば自分も覚えやすいですね。その組み合わせ方が間違って覚えていれば、いくら近付いても永遠に合致しませんが・・・(←自分自身がこのパターンに陥っていました)。

でも君取はカードもネットの口座も持っていないし、万が一データを盗まれたとしても特に深刻にはなりません。むしろPC内を埋め尽くす血染めの文章をどうぞ読んでくださ~いってとこです。

昔からノートなんかに、外には出せない不平不満・不安材料などをよく記してきましたが、あの威力ってのはすごいのですよ。ハタチ前後の頃に書いた文などは、あえて具体的にあった事柄は文字にせずに、努めて難しい言葉を使ってあえて抽象的に書いてストレスを込めていました。そして何年か経って読み返してみたら、言葉の意味が全く通じなかったのですが、気持ちが悪くなりました。こう・・・込められた想いというのは、乗るようです。

現在ブログに載せているのは、かなり毒性の弱い文章であります。さすがにひどいものを全世界にばらまくのは気が引けるでしょう。そこまで腐った人間ではありませんよ。

ハッキングやらパスワードを盗むやらと悪意のある人々にもきっと、いやそういった人々にこそ文字の呪力は響くのかもしれません。。君取が先月、あーなんかこの過去の文は電子的に保存しておこう、と入力を終えたら、とたんに寝込むほどの体調不良に襲われました・・・もう終わった出来事を淡々と打ち込んだだけだというのに。

ということで、データは盗まれてもいいようにしておくのが一番ですね~☆そこで嫌なものを見たとしても、盗む方が完全に悪いのですから。こちらは一切見せておりません。

悪意で寄ってきた相手にのみ、チクッと猛烈な毒を強力照射、ですよ。だってさそり座ですから~。
by kimmie-dolly | 2013-11-29 12:10 | ヲバサンの覚書p-s

パインの元祖

前から疑問に思っていたことがありました。松という木が英語で、パインと名付けられていることです。そしてパインといえばパイナップル。パインとアップルでパイナップル。なぜに一緒の言葉が使われているのか?と。

その謎が少し解けてきました。これです!どーん!↓
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松の果実・・・のなりかけ?と思われる物を発見いたしました。うわーパイナップルじゃないのこれッ。似ているわァ。なるほど、名付けられた時代に松のこの状態を先に認識していた人が、南国の果物パイナップルを初めて目にして「え、これって松じゃね?」ということになり、パインとアップルで表現したのか・・・。

アップルを付けるといかにもその甘い果実感がプラスされてうまいネーミングではないか。まあでもアップルは元々、単に果実という意味らしい。にしても今日ではリンゴでしかない言葉だから、うまいこと合わせた語には違いない。。。

ところでこの松の果実、いつあの松ぼっくりになるのだろうと新たなる疑問。実のような形から乾燥していくという形式ですか・・・。で、手っ取り早くウィキでその生態を知ろうとしたら。

松かさ(松ぼっくり)は、種子の成熟に2年もかかると書かれている!続きの文章を読んでみたが・・・言っている意味がよくわからなかった。。

言われてみれば松の構造にもやや不可解さを覚えました。たとえばこれなのですが。↓
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松ぼっくりに似たような形だなぁと思いつつ、何かが違う。詳しく検索をかけてみたところ、松ぼっくりができるまでを細かく追っているサイトが出てきました。それによると、これは春に咲いた雄花のようです。君取の写真は6月に撮ったものだから、もうかなり経っていますね。その上から新芽が芽吹いているようですし。

そして、上の画像の果実は昨年の春に雌花に受粉して出来た実ということになります。何気なく気になった部分のみを撮影してみたけれど、ちょうど雄花と雌花の跡だったのか・・・同じ木でもちょっと離れた所に咲くのが松の生態だったとは、知らなかった。これって松林だったらわんさか受粉できるけど、一本しか生えていなかったらけっこう結実の効率が悪いんでないのかね。重宝される生き物ってそういうものが多いですね。殖えにくいというか、個体数がいつまでも少なく保たれているというか・・・。

では、この果実が立派に松ぼっくりになるのをゆっくり待つと同時に、来年の春には雌花が咲いているのも見られるように注意しておくとするか。
by kimmie-dolly | 2013-06-27 16:03 | ヲバサンの覚書p-s

パール類す・・・(新米の季節ですね)

何気なくことわざ辞典で目にした言葉で、「むむ、これは・・・!」と注目してしまうものが時々あります。それがわりと、有名な名文句というよりその脇に参考程度に載っている類語だったり。

今回見つけたのは、英語のことわざで、”Doing everything is doing nothing”です。和訳は「何でもやるは何もやらないということ」だそうで。

確か、「多芸に無芸」だとか「何でも来いに名人なし」の類義語みたいにして小さく書いてあったと思うのだけど、これって意味が全然違うと思う・・・。そちらの方は英語でもピッタリ当てはまることわざがあったし、明確に使い分けるべきではないかと。

しかしこの「何でもやるは――」ということわざ、日本人がたいそう嫌いそうな言葉ではありますね。だって社会人としての仕事の仕方が、どの分野でもまず雑用から始めるのが当たり前ですからねぇ・・・。その身分でこんな発言をしようものなら、どこへ行ってもやっていけない人間になってしまう可能性が大でしょう。

しかも、何も選べない立場になって追い込まれれば追い込まれるほど「何でもやりますからっ」と妥協が必要になるではないですか。そんな世の中にあってこの言葉をドカーンとぶち込まれたのはちょいと、新鮮☆

おそらく「多芸に無芸」の方は、自分の能力をやや過信したりする心持ちや、もしくは一時の思い付きで無計画に何にでも手を出す様子への、戒めの意味を含んでいるのだと思われます。

対して「何でもやるは何もやらないということ」、これはその字面の通りで、何も深読みのしようがない。あれだけやったのに、あんなことまでやったのに、徒労に終わった。結局ひどい目にあって前より事態が悪化、しまいには人からも好き勝手に「あれはやらなければよかったのに」とまで言われる始末・・・みたいなことを指すのかどうかはわかりませんが、やったことが無になることはよくあることではあります。

嫌なことでもとりあえずやってみれば何かが開ける、というのは確かにあります。でも闇雲に顔を突っ込むことは決して正しくなどない。どんな人でも足を踏み入れるべきでない領域だってあるのが普通なのです。そこを無理に、節操のない自己アピールのために(主に勤勉アピールね)自分を入れ込むのは、本人の自己満足にはともかく傍迷惑にもなるのだからやめた方がいいです、断然。

もちろんこれは、緊急時には当てはまらない言葉ですけどね。だいたい緊迫する時間が長い日常なんてものがあったら困ります。淡々と続く生活の質を上げるための養分の一部分が先人の言葉なのですよ。急を要する混乱時に通用することわざなんてのはありません。その一瞬に発揮する感覚を磨くのが日常。経験値と言葉とをうまく照らし合わせるのだ。

斉藤和義の歌にもあったなぁ。

♪サイコロ転がして 1の目が出たけれど 双六の文字には 「ふりだしに戻る」

まあ人生なんてのはそれが当たり前なわけだから、人がそうなったからといって笑うのはおかしいし、また何もやらない人に対してもあれこれ口うるさくするのもどこか間違っているのです。本当の意味で何もやっていない人なんてのはいないのだし。
by kimmie-dolly | 2012-10-18 11:49 | ヲバサンの覚書p-s

浸透させたい言葉を紡いだる

日々、色々な人のツイッターだとかブログなどを目にしていて、いい言葉って意外とあちこちに埋もれているものなのだと感心しきりの君取でございます。。

有名人の名言は大きく取り上げられることも多いですが、名もなき市井の人とでもいうのでしょうか、一般的と評される人生を送っている方々の経験値から発せられる言葉にもなかなか響くものがあったりするのですよ。

君取もそんな風に、自分の感じたままにうまく表現できたらといつも願っておるところです。理想としては、自分が発信したという形跡を残さずに、誰が言い出したのかもわからないけれど誰でも知っていることわざ的な、名文句みたいなものを作り出せるようになれたらなぁと。そして後世まで浸透していったら・・と。

最近ことわざ辞典にくまなく目を通してみたら、やけに「わかるわァー」と納得できるものが多数掲載されておりました。これらは、誰からともなく発せられた生き残りの言葉なのでしょうね。ことわざとはそういうものか・・・。いやぁ、ぜひその先人たちのお仲間に加えていただきたいものだ。

とりあえず自分の中でひとつ浮かんだものがあります。とはいっても知っていることわざの数なんてまだ少ないので、過去にもう誰かが考え付いたものかもしれないけども。

「猫好きに毛虫」―――なんてのはどうでしょう。猫のようにフサフサした可愛い動物が好きな人が、その可愛さを年がら年中語っていて、話が猫から脱線してもまだそのフサフサの毛について夢中で論じているとする。

すると揚げ足とりの名人みたいな人がやって来て、何とかこの話題に便乗しつつ不幸をもたらそうとして、「ああ、そんなに毛の生えた生き物が好きならこれあげる!」と大真面目な顔をしながら最高に気持ちの悪い毛虫をプレゼント・・・みたいなこと。

つまり意味としては、論理だけは合っているが本質をすり替える行為、また悪意を持ってそれを行う人物。転じて、非難を受けすに済む巧妙なありがた迷惑によって、故意または無意識に不幸をもたらす人のたとえ、と。

これは以前にも記事に書いた、カビ女との接触からひねり出された発想でございます。。。いやー、女の人の友情を装った優越感から発生する、「自分よりも劣った存在でいて欲しい、少しでも劣った男をあてがっておきたい」願望によって起こす行動力ってのは、ものすごいよ?いくら目障りな存在だからといって、こちらの自由に選択する権利だとかを呪縛する手法で奪おうとはね。ああ怖ッ。

それとは同じかどうかわからないけど、実際に話の途中でその方向に持って行かれそうになった例が他にもありました。高校生の時、こちらが動物のフサフサした毛の可愛らしさについて熱弁していたら、いつの間にか次の話題へと切り替えていた当時の友人が一言、「じゃあ、男の人も毛深い人が好きなんだね!」と・・・。

あのぅ、それは全然別の話でしょ・・・そもそも今の今まで異性の好みの話なんてしていなかったのに、なぜそういう突飛な発想になるんだか。動物の毛深さと人間の毛深さは別次元の問題だし・・・と長ったらしく説明するのも面倒で、その場ではもう黙って何も答えませんでした。

あのまま行ったら、人によっては勝手に毛深い要素を持った人間を用意してくる可能性だってある。別に毛深い人に対してどうこう言う気はないが、人の好みの方向づけを強引に決定させるやり方がどうも腑に落ちない。

猫好きに毛虫、女性の浅ましさを表現するのにピッタリだと思うのですがどうでしょう。
by kimmie-dolly | 2012-10-08 16:51 | ヲバサンの覚書p-s

刹那のきみどり

小梅ちゃんシリーズ、よさげなものをまたまた発見☆
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小夏ちゃんの檸檬ぐみ―――君取好みだ、これはッ。レモン~♪

また色合い的に、ファミマのテープがうまく融合しています。爽やかコラボ。ファミマいいねぇー。最近は他のコンビニにはあまり行っていないわァ。近場にも増殖し始めたのがファミリーマート、出店数を増やしているんだとか。

まあ君取は昔からけっこう縁があるコンビニではありますな。友達の家に遊びに行ったら近くにあったし、通っていた学校の近くにもあったり、それとは別に入学式の日に降り立った駅前に新規開店していたり(いずれも在学期間は短い)。たぶん、君取が今からファミマのない地域に引っ越したとしても、後から追うように出店することでしょう。黄緑色の魔法ということにしておこう。

それは置いといてと。そのファミマで去年は確か、小梅シリーズの『真くんの葡萄ぐみ』ってのが売られていました。その時は何だか手が伸びなかったのですが、今回はレモン味とあって飛び付きましたよ。

買ったのは夏の初めだったけど、食べたのは最近。。。夏の間、溶けないように冷蔵庫に厳重管理。ちょっとずつ食べても数日で終わっちゃう個数でしたが・・・

美味ッ。なんという爽やかな・・・!小夏ちゃん、ひょっとすると本家の小梅ちゃんより惚れてしまうかも。アメの時に出会ったのは夏みかん。しかしレモンもクォリティーが高くて、小夏ちゃんのイメージにピッタリです。

果汁入りですよ、やっぱり。そして酸っぱすぎず、甘すぎず・・・いや~束の間の爽やか気分を味わいました。コンセプトは初夏なんだろうな・・・湿度の低い季節のことですね。我が国では短い期間。日本の夏のイメージとは随分と離れてしまいますけど。。

ジメジメとか、高温多湿をイメージした食品なんてまずなさそう。そもそも果物自体が、栽培するにあたって水は少なめにした方がよく育つ種類が多いのかしら。でもバナナなんかは熱帯の密林みたいな場所にありそうな。だから君取はバナナがさほど好きではないのかも・・・。

柑橘がとても好きなんでね・・・。爽やか~な人になりたいんだ、きっと。
by kimmie-dolly | 2012-09-22 16:35 | ヲバサンの覚書p-s

避けられぬ後悔

若者への助言、人生訓みたいなものでよく言われることといえば、「やらなかった後悔よりやった後悔の方がいい」だとか、「とりあえず挑戦してみろ」といった内容の、何らかのアクションをけしかけるものばかり。

つまり多くの人が、「あの時ああすればよかった」「あそこでこれをしておくべきだった」との悔いが残っているということでしょうか?

君取はそんな「やっとけばよかった」後悔よりも、「やるんじゃなかった」に対しての思いが圧倒的にありますよ。あんな奴の言う通りに動くんじゃなかった、あんな奴に優しくするんじゃなかった、嫌な奴に不快感を覚えてもその場で我慢するんじゃなかった、あそこであの人を助けておくべきではなかった、あの場面では自分の判断を優先するんじゃなかった、といった具合に。

それに、人の意見を聞くよりもっと自分の思ったままに行動しておけばよかったのにと悔やまれる瞬間はしょっちゅうあるものの、余計な責任を押し付けられて叩かれることがわかっていてわざわざ踏み切るほどの使命は与えられなかったし、人を押し切ってまでの主張はこの国では危険すぎる。

人生を方向づける重要な決断でさえも、その時はその時なりに懸命に考えて結論を出したのだから別に後悔はない。なぜなら自分の努力だけではどうにもならないところまで達したから。こう動けばこういう邪魔が入るだろうとか、こっちを選べばこういう手口でこちらの尽力を水の泡にさせるんだろうなといった、明らかなリスクとなる“人災”の源が常に待機していたのだから。

それらを一個一個数え上げていったら、随分と自分は八方ふさがりなのだと思い知るに至り、やむなくではなくて最善の方法をずっと歩んできたつもり。といってもそれは結局、行動を最小限に抑えることでした。そうなっても今度はもっと行動しろだとか言い出すのでしょうね、生きた疫病神どもは。

世間の大方はそんなに人に対して良い行いを出し惜しみしているのでしょうか。人の言うことに耳を貸さない、人に辛く当たる、嫌悪感を周囲にぶちまけまくる、自分に損をもたらす人はどんなに苦しんでいても絶対に助けない、おとなしくしている方が得をする場面だけ人任せにする、というのを日常的にやっている人ばかりなのでしょうか。そして誰もがその基準で生きているとでも・・・?

自分ではなく他の誰かにとって良いことをしていれば、「やればよかった」ことより「やらなきゃよかった」ことが増えてくるのです。それはおとしめられることだったり、利用される恐れだったり。自分の存在を脅かすことにつながります。そしてそっちの悩みの方がずっと深刻だというのに、最近の年長者はいつまでも自己実現の観点でしか物を考えない。

仕事を言い付けられても直ちに取りかかれない人間が出るのも当然の流れ。一度でも間違った指示をしてきた目上に遭遇すると、言われた通りにやっていいものかと、自分がわからないことでも先の先へと気を回さねばと時間をとられる。

その上、「自分の行いに後悔だらけの先達者」ほど年長者ぶりたがるため、「素直に言われたことだけをさっさとやれ」とあおって、部下やら目下が不審に思った点を機転を利かせて変えた場合にはうまくいったら自分の手柄、失敗したら判断した者の責任にするつもりなのだ。やらなければやらないで「プライドが高いのでは」などといずれにしても立場の弱い者が責められる。

こんな世の中では、何も聞く耳を持たない鈍感な人間だけがのし上がり幅を利かせ続けるでしょう。永遠に自らの後悔を愚痴り、生きた疫病神の自覚もないまま・・・。
by kimmie-dolly | 2011-12-28 17:45 | ヲバサンの覚書p-s

プライドのあり方

やっぱり、自分は頭が悪いなどと言ってやたらと開き直って生きている人ってどうかと思う、今日このごろ。。

ものすごく教養があって、卑怯かつ巧妙な頭脳の使い方をしている人というのも確かに厄介ではあります。が、君取はそういった人物よりも、とにかく根性が悪い人間は頭が悪い奴の方がタチが悪いと思えて仕方ないのです。

どんなに気さくであろうとも一段飛びぬけているような高い能力の持ち主は、何らかの期待を背負わされて一般人とは一線を引かれてしまいます。だから能力を悪用しようものなら即座に村八分、非難の対象になり得るリスクを常に抱えた人生になるでしょう。

それが元々頭が悪い人となると、「まぁああいう人だから」という程度の冷ややかな視線が向けられるくらいのもので、よほど法に触れることでもしなければ特にお咎めもなし、自分に害が及ばない限りは野放し状態で、この世は頭の悪い人にとても優しいシステムなのである。

これでは自らに責任感を課して、意欲的に先のステージに進もうという人がいなくなるのは当然といえます。だって「頭が悪いのでわかりませ~ん」と難しいことに関わらないで、黙々と自分の食い扶持だけ稼いでいるのがお得で賢い生き方みたいですから。

学校に通っている時分に、単に勉強をしたくなくて楽をしたいだけの言い訳として、愛だの夢だのと身の程をわきまえない現実逃避をしておきながら、社会に出て急にその甘さを打ち砕かれたからといって、一転して現実主義者を気取るおバカな人々。最低限必要な努力もしないで、どうしてそんなにプライドを持っているのでしょうか。

自分の頭脳をそれぞれのレベルに合わせて最大限に活かしきることもせず、とりあえず雇われ人になることでプライドを捨てたかのようにしても、どこかで雇う側の人間よりも賢く生きてやろうといった思いがくすぶっている場合も少なくありません。

学校にいる時に、自分の限界を試していないからそういうことにつながるのでは、と思うのです。何であれ精一杯を一度でも体験すれば、その結果が良かろうと悪かろうと、尾を引くことはないのです、きっと。

インテリで親しみにくい人は、普遍的に嫌われる傾向ですが、彼らの功績は間違いなく世間に役立っています。対して、我々下々のやることは、代わりがいくらでもいるものが多いです。しかし、そういうことにこそ感謝の気持ちを持って臨めるようになったら、何だか気分がいいではないですか。・・・とまあ、君取もそこまでの心境には到達していませんけど。。

少なくとも、頭が悪いことを強調することによって誰かを悪者にする行為は、頭のいい人が能力を悪用して私腹を肥やすのと何ら変わらない、プライドがなせる業です。

頭の悪さというよりも、自分を中心に考えすぎるところが無駄なプライド。決して頭のいい人だけがプライドを保っているわけではない。

お金を出しさえすれば、病気になっても良い治療が受けられて当たり前と思っている人もいますが、優秀な医者や設備がなければ何にもならない。それらはその関係者の努力なくしては出来ないことであるのに、腹の底でインテリ全般をひがんだりとかとんでもない。人には個性があるのです。

大切なのは人より優れた点を探すことではなく、良くも悪くもただ自分の全てを認めること・・かと。
by kimmie-dolly | 2011-12-22 19:48 | ヲバサンの覚書p-s